よい病院、よくない病院の見分け方[石井友二]

マネジメントの巧拙が、病院の良し悪しを決めます。多くの病院コンサルティングの成果をお伝えし、自院の運営に役立たせていただくことを目指します。職員がやりがいをもって働ける環境づくりも、もう一つの目的です

ガバナンスツールの一つBSC

最近、組織マネジメントとりわけガバナンスのためのフレームワークについて院長に説明する機会が増えました。懸命に組織運営しているもののガバナンスがうまくできていないために組織のポテンシャルを引き出せていないことがよくあるからです。BSCはガバナンスのためのほんの一つのツールですが、再度振り返りをしておく必要があります。

 

埋もれていた2007年に書いた記事のリライトをしてみました。かなり前の記事ですが今でも色あせていません。ある意味怖いことですね。

 

「バランストスコアカード(以下BSC)について考えます。どのような業態の病院であっても、組織が一体となって質を向上させていかなければならないときに、BSCはとてもよい道具(ツール)になるからです。目標管理制度やBSCがうまく利用できれば、病院が考えた方向を間違いなく組織全体が志向し、個人レベルにおいても意識や行動を変えることができるようになります。ただ、BSCがマネジメントツールとして機能するためには、併せて周辺制度の整備が行われなければなりません。

 

それらにも言及し私たちが現場で行っているBSCの導入、運営について説明をします。なおここでは概要のみとし教科書のようにすべてを網羅的に論じることはできていません。

 

BSCは組織をまとめるためにとてもよいツールです。BSCの仕組みを核として、組織のさまざまな改革を進めます。BSCを利用して何をしたいのかについて明確にしたうで、BSCをうまく利用しましょう。

BSCは、キャプランによって考案された組織マネジメントツールであり、手法です。

 

そもそも組織は一定の理念に基づいた戦略をもとに計画的な行動を行うことで組織目標を達成します。そのためには組織目標が組織構成員に明確に伝わらなければなりません。組織目標が組織構成員に伝わるためには、戦略がわかり易く目標化されること。目標が定量化されていることが必要です。

組織目標が判りづらければ、どの方向に進めばよいのか組織構成員が理解できす、合理的な行動がとれません。また目標が定性的ものであり、不明瞭であれば、それらを目標として捉えることが困難ですし、行動の結果としての成果を認識することができません。組織目標は理解しやすいこと、そして定量的なものでなければならないのです。

BSCは目標設定及び業績評価のツールとしても扱われています。組織の掲げる目標をまず財務と非財務目標に分け、従来の財務目標だけの目標を設定した場合の欠点をなくしています。財務と非財務の目標をバランスさせているスコア化されたという意味で、バランストといっています。スコアは、ここでは数値化されたという理解をすればよいでしょう。
BSCでは非財務目標をさらに、顧客の視点、業務プロセスの視点、学習と成長の視点の3つに分けます。

一般的に組織は顧客に対して製商品やサービス(以下医療サービス)を提供することを目的の一つとしており、まずは顧客の満足を得るために行動目標をもつことが必要であるところ顧客(以下患者)の視点からの目標を設定することとしています。

次に、組織が医療サービスを提供するためには、組織自体の体制や仕組み・仕事の方法(業務プロセス)が確立されていることが必要です。合理的で質の高い医療を提供するために、どのような体制や仕組み、仕事の方法ができていればよいのかという観点から目標を設定することになります。

 

また組織は組織構成員(以下職員)により運営されますので、彼らが学習し成長できるように仕向けていくことが大切になります。職員が組織活動のなかでどのように学習し成長できるのかを目標としています。


このように数多くある組織目標を、4つの視点に区分に判りやすく設定することで、組織構成員に組織の目標を明確にする手法がBSCなのです。

さて、物事には定性と定量があります。定性は物事の様子または変化する様子を、数字では表す事ができない性質をいい、定量は物や人などの対象の状態を数値の変化に着目して捉えることをいいます。

 

物事を定性的に管理することだけで組織は運営できません。頑張ろう、懸命にやろう、よくやったね。こんなにできるなんて素晴らしい、といった日常交わされる会話において言葉を発する者のもつ基準と相手の基準が往々にして異なることがあります。


それぞれがもつ意識や価値観、知識や経験、意欲や熱意など、ありとあらゆる相違により主観的な意識でものごとをとらえ、行動し、会話し、説明し、感想をもったりしながら組織が運営される傾向があります。もちろん、このことを否定するものではなく、こうした定性的な捉え方を個々人が行うことで物事が成立し、進んでいくことで一定のながれや目標達成に向けた成果が生まれることは間違いがありません。

 

しかし、同時に的確な数字を組織運営のなかでとらえ、その数字のもつ意味を判り、その数字をどのようにして改善するのか客観性についても理解し行動する、といったことができなければ組織は保有する資源を最大活用することができません。

 

なお、定量の対象となる単位として、人数、時間、金額、%、回数、件数、個数、台数、枚数、重量…等を上げることができます。物事の多くは量で捉えることができます。

今日の会議はとてもうまくいったよ、と説明するのと、参加予定20名のところ全員出席で、2時間の間寝ている者は一人もいなかった。全員が発言したし、10議案に対してすべて5W2Hでの計画が来週までに立てられることで合意したんだ、と説明するほうがその内容をよく伝えることができます。

 

当たり前ですが、物事を数字で(定量的に)説明することで、あるいは管理することで、管理する側もされる側もよく内容を理解し、行動を起こし易くできるのです。

BSCでは、すべての目標(KGI=重要目標達成指標)を目標を達成するための重要成功要因(KFS)に変換しその達成のための行動尺度(PD)にのせて、指標化(KPI=重要業=成果をあげるための鍵となる指標)し、それぞれの目標として目標設定(先行指標)します。

 

先行指標をもとに、行動し結果として実績がどうであったのかを指標として捉え、その差がなぜ発生したのかをみて原因分析を行うのです。目標達成には何が必要なのかの仮説をたて、それを行動に展開し、PDCAにより評価(検証)を行いながら繰り返し行動できれば合目的的な活動ができているといえます。

 

激変する医療環境のなかで、職員が最適行動をとることが期待されていますが、トップが決めたことを短時間で達成するためには、組織が計画的に動かなければなりません。BSCはその意味でとても便利なマネジメントツールであるといえます。

 

従来、日本には似た管理手法として、方針管理や目標管理制度が存在しました。キャプランもこのような制度を参考にBSCをつくったとも言われています。目標管理制度もしたがってBSCと同じながれをもっているといえます。

 

目標管理の本来のあり方は組織目標を提示(この意味では方針管理の側面が強いと思いますが)、部門への落とし込み、考え方のすり合せ、数字での目標設定、個人の目標設定、個人での目標管理といった方法で組織目標→部門目標→個人目標と目標を落としこみ、個人が目標を達成すれば部門が目標を達成し、部門が目標を達成すれば組織目標が達成されるという考え方により組織目標を達成していくのです。

 

 BSCの優位を説く者は、目標管理とBSCが同じではない理由をいくつもあげています。しかし基本的には根底にながれている思想は、組織の方向を判りやすく開示し、職員が行動できやすい環境をつくりあげるツールである、という意味では両者は同じであると私は考えています。

 

そもそも、組織と個人を考えるとき、手法の相違はあるとしても、組織活動をしているかぎり組織のベクトルと個人のベクトルを合わせなければならないのは組織運営の基本的事項であるからです。大きな枠組みで議論することは意味がなく、それをどうやって達成するかについて相違がどうなのかという議論であるから異なることは数多くあるのは仕方ありません。

 

極端な意見かもしれませんが、何と何が同じである、異なるということに重きを置くこと自体がナンセンスです。

 

多くの病院で目標管理制度やBSCを導入してきた私たちとしては、それぞれのもつメリットやデメリットを理解しています。しかし、私たちは学者でもなく、議論をもてあそぶ時間もありません。一定の枠のなかで、それぞれの良いところを納得し、最終目標を達成するために自院がどう行動するかということが大切です。結局は感性が合う、肌が合うものを採用すれば足りるでしょう。

 

組織がもっている経験や意欲、他の制度との兼ね合いにより制度が機能するかしないかが影響されるのであって目標管理がよいとかBSCがよいといったものではないと考えます。

 

両者を折衷のように利用している法人もあるところ、結局はどのような道具であってもその道具をつかって達成しようとしていることに対し、組織が成果にどれだけ執着しているかどうかにより成果が影響される、ということなのではないでしょうか。

 

なお、BSCを運営するためには、付随してあるいは周辺としていくつかの制度が整備されなければなりません。

 

まずは、組織の進む方向です。組織が何を目指しているのか、どこにいくのか、ミッション、バリュー、ビジョンそして何よりもパーパスが必要です。職員が何かを行うとき、その目的や理由をよく理解できるとともに、達成しようとする目標に向かって一体となって行動できる体質をもっているかどうかが問われます。こうした体質をつくりあげるための道具としてBSCを捉えることもできますが、やはりBSCだけでそれを成し遂げようとするのは困難です。

 

二つ目として戦略です。例えば自院のSWOT(強みや弱み、機会や脅威)が正しく認識できておらず課題が不明確であればいくらBSCを導入しても、達成するものが本当に病院に必要なものである保証はありません。当然のことですがそのうえで戦略が正しく立案されることはBSC以前の問題です。

 

他に中間管理職のリーダーシップ醸成、それ以前の職務分掌の明確化、権限や責任の設定、職務基準の決定、業務フローの標準化等さまざまな制度を視野に入れた活動を行うことが求められます。

 

3つ目には個人レベルの教育や評価です。BSCでは、ロジック的にはそうなっているものの、手法的には個人毎に目標を落とし込むかたちには出来上がっていません。しかし目標を達成しようとすると各部門、各部署で設定した目標を個人毎の特性や属性、育成目標に合わせて目標設定することが不可欠です。

 

個人が役割や目標をもって行動できるよう、現場で指導・支援したり教育することができるかどうか、その結果として求める成果をあげたときには評価する仕組みがあるかどうかがBSC成功のポイントとなります。リーダーへの信頼醸成とともに、One on oneやコミットメントが必要となるでしょう。

 

評価制度のなかで評価するためには、業績評価の仕組みをつくり賞与に反映することになります。人事考課においては情意考課と能力考課と合わせ昇給昇格(そして昇進)の基準とします。もちろん少なくとも業績評価として賞与に反映するかたちがつくりあげられていればBSCに対する誘因ができます。

 

BSCを始める当初から、BSCで掲げた目標を達成した場合には賞与に反映することを説明することも必要です。もちろん金銭をぶら下げてのモチベーションではなく本人のやりたいことややらなならばならないことの達成がOne on Oneでコミットされていることが行動の誘因にならなけらばばならないことは言うまでもありません。

 

4つ目として部門別損益計算があれば、部門別の損益が判り財務的な評価を行うことが可能です。また、予算実績管理制度が月次でかつ部門別に行われるのであれば、BSCの目標への取組みが財務の成果につながることが確認できます。BSCにおける指標の達成は財務的な成果につながるものが多いものの(間接部門のKPIは目に見えづらい生産性向上につながるものも多いですが、できるだけ定量化しコスト削減の成果に結びつける方法を採用します)、少なくとも部門別に損益を認識できることが重要となります。

 

次にBSCを導入するための手順を説明します。

  1. BSCの前提(周辺制度の整備状況)調査①戦略・事業計画②組織の基本的事項③教育制度・評価制度④部門別損益計算
  2. 1のうちできていない事項について整備計画立案
  3. 組織課題の網羅的把握
  4. 4つの視点での目標設定
  5. 課題を達成するためのKPI=先行〔目標〕指標の設定
  6. BSC説明会開催
  7. 各部門(そして個人)への目標の落とし込み
  8. 各部門からの行動計画の収集
  9. 各部門からの行動計画検討
  10. 全病院運営開始

 

事例の提示もしておきます。

超簡単にBSCについて説明しました。冒頭に述べたように教科書のように詳細ではありませんし、具体的に進めるための現場でどのような課題があるのかについてまで些細な記述はありません。本来は一つひとつの手順において留意しなければならないことが多くあります。BSCの前提整備にも時間がかかることも間違いありません。

 

BSCを無理やりやらされていると考える職員が大半であるところ、どのようにしたら彼らのモチベーションをあげられるのかについての具体的なフローについても議論しなければなりません。トップマネジメントの医療や事業、職員に対する真摯な思いや信念が求められる所以です。

 

BSCのようなツールの活用には、トップマネジメントの根底あるいは中心にある思想や情熱が必要です。そしてそれを徹底していくリーダーシップがなければなりません。職員が受容できるよう噛み砕いて説明する場面もあるでしょう。

 

BSCを導入するために上記を行うという考えには無理があり、日頃からトップマネジメントが組織に対して納得性が高い戦略を提示し、それぞれの役割に期待すると表明し率先垂範していることが求められます。

 

それができていないのであれば、先にその部分に執着し本来の事業推進に向けたマネジメントの大きなトレンドをつくり、そのうえでBSCを導入すべきだと考えています。

 

繰り返しになりますがBSCを使えばすべてがうまくいく、というほど優れたツールではありません。トップマネジメントが自ら「自院をどうしたいのか」についてとことん考え、思いと信念をもって「どうしてもやらなければならない」と決めたことを組織に下ろし、それらを達成していくためのツールの一つとしてBSCがあることを忘れてはなりません」。

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