社会や組織において、誰かを誉めることにはいくつかの効用があります。以下説明します。
誉めることには、2つの区分があります。一つは心から誉めること、二つ目は意識して誉めることです。
前者には3つの着眼が、そして後者には2つの着眼があります。
着眼をしっかりと理解し、誉めることを継続することで、自らもそして対象者も成長することができます。
まず、心から誉めること。本当に自分が誉めるべきポイントに気が付いた結果として誉めているのですから、自分も学ぶことがあるはずです。誉めることは学ぶこと。
なぜ、すごいのかということについて、仮説をたて、それを検証する活動が始まります。そのことで得られた結果は自分が何かを行うときの糧になるでしょう。自分に気づきを与え学習へと誘導する効用があります。
2つ目として、誉めることにより相手(対象者)は、頑張ったことに対し自分を評価されたと感じ、さらにパワーアップヤル気になります。
評価されることでモチベートされ、役割を積極的に果していこうと考える人が増加します。
誉められた人が成長する、結果として誉めた人も高い成果をあげるため、場合によれば、本人も上位者から誉められるという付録もつきます。希に部下が上司を誉め、上司が成果を上げるケースもあるかもしれません。
誉められた人が成長する、結果として誉めた人も高い成果をあげるため、場合によれば、本人も上位者から誉められるという付録もつきます。希に部下が上司を誉め、上司が成果を上げるケースもあるかもしれません。
マズローの5段階欲求説に立ち戻るまでもなく、人は社会や組織に帰属する欲求(社会欲求)をもち、評価されることへの欲求(尊厳欲求)をもっています。
自己実現の欲求はそうしたプロセスを経て、自分が思うことを実現させたいという行動につながるわけで、前提として評価されるというプロセスがなければ実務的には最終段階までは到達しないのではないか。成り立つとしても、かなりレアーなケースです。誉めることの大きな効用があります。
3つ目です。対象者は誉めた人を好きになります。心から誉められた人に悪感情を抱く人はいないでしょう。
目にも表情にも、そして声のトーンや態度にも称賛の気持ちがあれば、それは対象者にも通じます。心からであるのか意識してであるのかについては、透徹した目でみればわかります。見透かされるのです。
しかし、それでも誉められないよりは嬉しいものだと思います。誉めることは好きになってもらうことのスタート、といった意味があります。
さて、4つ目です。誰かが心から誰かを誉めることを他の人が聞いたり見たり聞いたりすれば、あの人はしっかりとした評価を行える人だとという評価をもらうことができます。
対象者が成果をあげても、何かを達成しても、貢献しても誉めもしない人であれば、また、それどころかそれを妬む(ねたむ)、嫉む(そねむ)ということがあれば、さらにその人は信頼を失い、場合におよれば意識の外に置かれることになります。
対象者が成果をあげても、何かを達成しても、貢献しても誉めもしない人であれば、また、それどころかそれを妬む(ねたむ)、嫉む(そねむ)ということがあれば、さらにその人は信頼を失い、場合におよれば意識の外に置かれることになります。
誉めるということが素直にできる人は評価もされ、そして信頼される。見ていた者も同じように扱われることが判るため、誉めた人は信用し信頼されることになります。
誉めることは、人から信頼されるという効用を得ることができます。
誉めることは、人から信頼されるという効用を得ることができます。
このようにみてみると、心から誉めることはとても有益であると思います。そもそもこのように考えることが不遜であり、良いものは誉める、学ぶという姿勢をもっていれさえすれば敢えて効用を説明する必要はないという意見もあります。しかし、反芻することで振り返り自分の間違いを発見するということは価値がある。
なお、意識して誉める、ということにも意味があります。
1つには、人は誉められることで、どう感じるか、ということからの視点です。すなわち敢えて誉めることをつくり、意識して誉める。これは自然ではないかもしれませんが、組織における上司と部下の関係のなかではマネジメントの一つの裁量として行われる可能性があります。
成功体験を積ませる、ということにも通じるものかもしれません。
有名な帝国海軍連合艦隊司令長官であった山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」ことを言っています。意識して誉めることにも、人を動かすことができる効用があるという内容です。
そして2つ目です。少し触れたように、いわゆるお世辞であるとわかっていても、その言い方が綺麗、また丁寧であり、そこに慇懃無礼なところがなければ人は、やはりほんの少し嬉しいものです。
大きく人をモチベーとすることはないとしても、コミュニケーションが活発になることは間違いがありません。それでその人を好きになるということややる気になるということまではいかないまでも、心を打ち解ける一つのきっかになるかもしれません。
よいところを見つけて敢えて誉めるということは、コミュニケーションを活発にする効用があると考えることができます。
1.心から誉めることの効用
(1)学びの機会をつくる
(2)誉められた人が成長する
(3)誉めた人が好意をもたれる
(4)誉めた人が第三者から評価される
2.意識して誉めることの効用
(1)誉めた人が動く[1の(2)に類似しているが1はもともと動いている人をさらに成長させるという意味]
(2)コミュニケーションを活発にする
もう少し検証すればさらに新な効用は見つかるかもしれませんが、いずれにしても、誉めるということの効用を学習し、体感し、また、そうすることができる自分をつくりあげることで、自分も大きく成長することができます。
物事を公平公正に見ることや素直な気持ちをもつこと、常に何かを誰から学ぼうという姿勢をもつこと、そして前を向き、周りにいる人々を感化しながら自ら率先して成果をあげつつ「誉め誉め活動(注)」をしていくことが求められています(注)人のよいところに目を向け、皆と学び共に成長していこうという行動
病院においては、意外とこうしたことができていない傾向にあります。私たちは、業務改善提案での報償だけではなく、目標管理個人目標の達成や部署目標達成、そしてさらに人事考課制度における能力考課や情意考課での考課フィードバック、研修結果の評価などなど、さまざまな場面を通じて個人を誉める機会を作って欲しいと幹部に要求しています。
それは上記の1と2の要素を織り込みながら必ず人材育成や業務改革に結実していくと考えています。
とりわけ病院幹部は増患、単価アップ、生産性向上という3つの視点からの改革が求められているなか、人材育成と業務改革を怠ることはできません。賞賛に値する人が数多く育ち、また一方で育成のために誉めることができるマネジメントを行うことが必要です。
皆がお互いを認め、皆が協力し合い成果をあげて、皆で相互に称賛し、励まし合い、切磋琢磨して鼓舞し合いながら生きていける環境、組織をつくりあげることが必要です。