よい病院、よくない病院の見分け方[石井友二]

マネジメントの巧拙が、病院の良し悪しを決めます。多くの病院コンサルティングの成果をお伝えし、自院の運営に役立たせていただくことを目指します。職員がやりがいをもって働ける環境づくりも、もう一つの目的です

成し遂げるためのフレームワーク

 

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 ホワイトボックス社で開発した物事を成し遂げるためのフレームワークにASCS(アスクス)があります。

 

 PDCAサイクルを回す前のPをどのように設定するのかを明らかにしています。いきなりPではなく、何をPにするのかにより、成果が大きく変わります。

 

 例えばコスト削減というPを立て、活動を開始したけれど、Dのところでさまざまな行動が生まれ、あれもこれもとなり、Cの段階でターゲットや方法論に漏れがあり、Aが複雑になり、なかなか目標とするコスト削減が進まない、という事になりがちです。

 

 上記はシンプルな事例なのでいめーじしやすいですが、他に、落とし込みに工夫やクリエイティビリティが必要なことが多くあります。

 

 Pの段階で目指す目標と現状の間にどれだけのギャップがあるのか、ターゲットや方法を見極めなければ、何をすればよいのか当初網羅できないのです。PDCAを回そうという掛け声はいいのですが、具体的な落とし込みのプロセスがPDCAからは見えてきません。

 あくまでもPDCAは決めたことの成果を挙げるためのフレームワークにしか過ぎないからです。

 

 そこで登場するのがASCSです。

到達点(Attainment)を決め、現状分析(Staite)、差額の確認(Confirmation)、解決策(Solution)の決定を行い、その計画をPDCAサイクルに乗せる方法をとることで、Pの精度が増し、実効性を担保することを目指しています。

 

 コスト削減をどのくらい行うのか、どこをターゲットにするのかを決め、現状分析を行い、できていないことを明らかにする、さらにできていないことをどのような切り口で達成していくのかの方向を明確にしてくれる考え方です。

 

 コスト削減であれば、コスト絶対額の削減と単位当たりコストの削減があります。前者には使用量の削減、スペックの変更、価格引下げ要請、大量購入による単価減等の方法があり、後者には仕事の仕組みの見直し、個人技術技能向上による生産性向上が該当します。

 

 もうお分かりだと思いますが、コスト削減というPではなく、個々の要素に分解し、その具体的なPを設定していかなければ、目的を達成することができません。

 

 例えば「仕事の仕組みの見直し」であれば、業務フローチャート作成、リスクの発見、改善策の検討、予算化、期日設定、実行者の決定等に落とし込まれ計画化されていなければなりません。

 

 現状を明確にしたうえで、到達点までの実行の詳細プログラムを立て、それをPとしなければならないのです(少しはしょったので雑になりました)。

 

 なお、ASCSそしてPDCAを効果的に運用するためには、

  1. 強い必要性
  2. 担当者の資質
  3. 担当者のコミットメント(約束)力の強さ
  4. 適切な支援者の探索
  5. 達成意欲の持続
  6. 時間の捻出
  7. リーダーの執着
  8. 行動の精緻化

が必要なことが分ってきました。

 

 ここの部分の研究を続け、実務で活かすとともに成果につなげていきます。これらの意味や内容についてはまたご報告したいと思います。

 

 

 

穏やかに生きるためのフレームワーク

 

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 人は一人では生きられません。いうまでもなく多くの人に支えられ、時には支えて生きています。

 

 なので、他者との関係性のなかで自分の役割を果たすことが大切であり、人として自己の確立を行わなければなりません。

 

「人としての自己の確立」というのは、他者に貢献できる自分をつくると同義です。

 これは経済活動を前提とせず、生きていること、誰かの役に立っていることを意味しその濃淡は問われません。

 

 突き詰めていうと、生きていること自体で十分だし、さらにたった一人でもいい自分の存在が誰かの喜びに繋がるのであれば素敵なことなのかなと思っています。

 

 しかし、社会人としての人を定義すれば、人は金銭や物資の交換を行うことで生活を成り立たせるため経済活動を行います。

 

 社会人として仕事を行うときには、社会から求められる一定の成果を挙げていかなければなりません。

 

成果を挙げるためには、6つの要素が必要です。思い、信念、技術、人間力、コミュニケーション力、そして仕事から得られる達成感がそれらです。これは拙著「サクセスキューブ」で明らかにした正六面体に表現される概念です。

 

まず、サクセスキューブの概念を説明するにあたり、正六面体(キューブ)を思い浮かべて下さい。サイコロをイメージすると分かりやすいです。1の目を下にしてサイコロを置きます。

 

 キューブの底面(1の目。以下数字はサイコロの目を意味する)にある「思い」は、やりたいこと、やらなければならないことから生まれるものであり、人が行動するときに不可欠のものです。

 

 無意識行動で多くの事柄を処理していないか、ルーチンや習慣で日々を過ごしていないかどうかを振り返らなければなりません。

 

 そして、思いにつながるキューブ背面(2)の「信念」です。「思い」なく「信念」は生まれません。「信念」は、正しいと信じ込んでいることをいい、決めたこたは自分がやるんだという自覚であり覚悟です。思いの強さや信念からしか情熱は生まれて来ません。

 

 そのうえで社会人として選択した事柄に対するキューブの右面「技術」(3)の習得が必要です。仕事に対する(責任や連帯を含む)姿勢や態度、他から求められるスキルをどのように身に着けるのか腐心しなければなりません。

 

 ただ、「技術」があっても、その人と仕事を共に行うために「人間性はどうなのか」というフレーズは常に付きまといます。

 

 他者との相互関係により成り立つ社会生活においては、自分よがりではなく思いやりをもち、他人の立場にも立ちつつ物事を調整できる全方位型の人が求められているのです。

 キューブの左面、右面の技術の向い側(4)にある「人間力」を身に着ける必要があります。

 

 底面、背面、右面、左面の残りの正面(5)に「コミュニケーション力」があります。

 「コミュニケーション力」は社会人に必要とされるスキルのなかで最も大切といわれています。伝える力や聴く力が大切です。

 

 しかし、「コミュニケーション力」は「技術」や「人間力」、そしてその拠り所となる「思い」や「信念」に支えられています。

 

 いくらコミュニケーションに長けていても、背景にある他の要素が貧弱であれば見透かされてしまうし、どこかで信頼されなくなります。

 

 その意味で「コミュニケーション力」は、コミュニケーションを通じて他者と調整し、他のキューブの面をどの様に表現するのか、成長させるのかを役割の一つにしていると言うことが出来ます。

 

 そして、キューブを完成するため、すなわち何かを成し遂げるために、日々満足を積み重ね到達できる達成感がキューブの上面(6)が必要なことに気づきます。達成感のない活動は虚しく高揚をもたらしません。

 

 まずは主観的な達成感をもてるよう自分の行動を目標化し、合目的的な活動を行います。

 そのうえで(他人からの評価の証である)客観的な達成感を同時に得られる力をつける。

 

 もちろん主観的な達成感<客観的な達成感の状態を多く作れる人はどんどん成長できると考えています。

 

こうして「思い」を達成するキューブを数多くつくり、もって生まれた自分の器(人生のキューブ)を埋め尽くし、器を広げるように使命を果たしていくのです(なお、サクセスキューブの考え方は仕事以外の社会生活、勉学や趣味、地域活動等においても当てはまる考えです)。

 

人としてまた社会人として自分はどう生きればよいのかを考えるときに自分なりの哲学やフレームワーク(枠組み)をもてば安心できるし、ブレることはありません。

 

淡々とやるべきことをやり、(とても難しいこととではありますが)何があっても動じることなく心穏やかに生きていきたいと、いま思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コミットメントの背景にいるマクレガー

 

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 当社が提唱するコミットメント(約束)システムは、組織目標を達成するための仕組みです。

 

 サマライズすると、

  1. 職員を評価し、また当社が開発した質問により彼らがやりたいことを発見し、もしくは誘導しながら、組織目標とすり合わせる。
  2. 組織目標を達成するプロセスで彼らがやりたいことが達成できるよう設計する。
  3. 職員に役割を付与し、組織目標達成を約束してもらう。
  4. 職員のやりたいことができるよう支援すれば組織目標は達成される。

というモデルです。

 

 内部体制を整備しながら業容を拡大する為に、在宅領域への進出を図る目標をもった組織の簡単な事例を示すと、

 

 [個人のニーズ]地道な仕事で成果を挙げたい→[組織目標]マニュアルプロジェクトでリーダーを助け、整理されたマニュアルを作成して欲しい。

 

 [個人のニーズ]一つずつ自分の力になる仕事がしたい→[組織目標]訪問看護ステーション立上げを行うことで、何かを創りあげる力や、地域包括ケアシステムを通じた医療・介護全般の知識を身に付けて下さい。

 

 [個人のニーズ]資格をとりたい→[組織目標]ISOの導入に当たり内部監査員の資格をとり、品質向上への取り組みをして下さい。

 

 [個人のニーズ]地域住民の健康のために直接何かをしたい→[組織目標]増患のため健康フェアを企画し、セミナーや身体測定を運営しよう。

 

といった具合です。

 

 もちろん、彼らにやりたいことがないことや、やりたいことが本人に適しているかどうか、という課題はあり、職員一人ひとりに光を当て、日常のパフォーマンスを確認すること、個人個人の課題に応じた教育を徹底することが不可欠です。

 

 いずれにしても、組織目標は上からの押し付けではなく、また成果を得づらいボトムアップの目標ではなく、明確な戦略に基づく適切な組織目標でありながら、職員のニーズに合致したものに仕立て上げていくこと。

 

 それが目標の達成可能性を担保する方法だと説明しています。

 

 これは医療だけではなく、どの業種の組織でも同じように取り扱えますね。

 

 さて、1950年頃にダグラス・マクレガーはマズローの5段階説の追加説明を行うために彼の著書「企業の人間的側面」を通じて「XY理論」を提唱しました。

 

 X理論は「人間は本来生かたがる生き物で、責任をとりたがらず、放っておくと仕事をしなくなる」という考え方であり、Y理論は「人間は本来進んで働きたがる生き物で、(マズローが言う5つ目の欲求である)自己実現のために自ら行動し、進んで問題解決をする」、という考え方です(なお、そんな職員が実際にどれだけいるんだ、と言う議論はここでは捨象します)。

 

 そして、個々人は、XとYを繋ぐ線上の何処かに存在すると言っています。

 

 ここで、Y理論においては、企業目標と従業員個々人の欲求や目標が明確なかたちで整理できれば、企業はもっと組織目標を効率よく達成できるとしています。

 

 私は、コミットメントシステムをつくるとき、マクレガーのY理論をまったく意識していませんでしたが、結局のところ、「人がどうすれば力を発揮できるか」という仮説の根本は、時間が経過しても不変ということを改めて思い知らされます。

 

 リーダーは、従業員がやりたいことの達成感を得ながら、結果として組織目標が達成され、個人も企業も成長できる環境をつくること。こんな時代だからこそ、その必要性がより増しました。

 

 優れたヴィジョン、ガバナンス、戦略、HRM(Human Resource Management)、業務フロー、モニタリングなどの整備が必要となりますね。

 

 ということで、少なくとも私は個人的に一人コミットメントを行い、成果を挙げられるよう頑張っていきたいと、今考えています。

 

 

 

論理的に話ができる教育

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 論理的とは、手順や方法を明確にして考えることをいいます。

 

なぜ論理的に話しをするのか。

 

話をするときに一定の考え方にもとづいた手順や方法により話をすることにより、言いたいことが相手に伝わりやすいからです。

 

論理的に、短い言葉で事実をしっかり伝えることで、ムダのないコミュニケーションをとることができます。

話はできるだけ簡潔かつ要点を伝える、ということをテーマとすれば、①結論②理由を話すのが適当です。

 

〇〇をしたい、それは〇〇だから、という話し方を原型として、あらゆる話を組み立てることがベストです。そこで必要であれば、その話の③詳細を、主観や感情を含めずに事実として付け加えます。

 

例えば、「本日、17時から〇〇会議室で医療安全対策委員会を開催します(結論)。重大な針刺し事故が発生したためです(理由1)。緊急に対策を周知徹底する必要があります(理由2)。できる限りの参加をお願いします(詳細)」といった具合です。

 

これを、「今日、〇〇病棟で、重大なアクシデントが発生しました。針刺し事故が起こったのです。ありえないことです。びっくりしました。

なぜ事故が起こったのか原因を分析して、皆で対策を検討し、現場に周知徹底していかなければなりません。突然で予定のつかない方もいると思いますが、医療安全対策委員会を開催するので、申し訳ありませんが、委員の方はできるかぎり集まってください。

時間は17時で会場は〇〇会議室です」と伝えるのと比較してみれば、前者の伝わりやすさは一目瞭然です。

 

   リーダーが、ことあるごとに「結論」、「理由」、「詳細」の順番で話をすることを習慣とすること、そして、日常的に「結論は?」、とか「まず結論から言ってね」とかの指導を行うことでこの考え方を定着させます。教育に王道があるものではなく、リーダーが体現すること、口酸っぱく言い続けることが有効との結論です。   

 

なお、論理的な話に必要な結論、理由、詳細にプラスして「相手に信頼されている」ことを挙げておきます。

 

いくら論理的に話しても、相手が自分を信頼していなければ、伝わるものも伝わりません。

 

職員は日ごろから成果を挙げ、実績を積み重ねるとともに、論理的に話すことの目的を達成するため、常に誠実に、誠意をもって相手に接しなければなりません。

 

信頼の基礎となる人間性を高める教育はとても骨が折れるものですが、これもリーダーの率先行動で成し遂げなければならないことだと思っています。

 

 

 

 

人がやる気になる3つのポイント

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エイブラハム・マズローは、5段階欲求説のなかで、人には尊厳の欲求があり、人から認められることにより満足する。またその上位に自己実現の欲求があり、なりたい自分になることで人は満足すると説明しました(人間の心理1954年)。

 

また、ハズバーグは二要因理論(動機付け・衛生理論)(1959年)で、人間が仕事に不満を感じる時は、その人の関心は自分たちの作業環境に向いている(衛生要因)のに対して、人間が仕事に満足を感じる時は、その人の関心は仕事そのものに向いている(動機付け要因)としました。

 

組織の政策と管理・監督、作業条件、給与、対人関係は衛生要因であり、うまくできないと不満足を感じるが、すごくよくても大きな満足にはつながらない、そして、仕事、責任、達成、承認、昇進が満たされると満足感を感じるけれど、欠けていても不満足にはならないと述べています。

 

このことは、一定程度の衛生要因が保たれていることを前提として、動機付け要因を高めていくことが職員の満足につながるという意味をもっています。

 

いくら給与を上げても仕事で満足できなければ、職員は満足できないということを言っています(価値観の問題ですが、給与は高いのに、やりたいことができないので辞めるという事例も一般企業では数多くあります。とはいっても、職員が満足せず給与を上げ続けるための利益を確保することは困難ですね)。

 

マズローの尊厳の欲求は評価や承認を意味しているし、自己実現の欲求も自分がなりたい、やりたいことの達成を表現しており二要因理論と符合します。

2つの理論はとても古いものですが、これ以降、この手の理論が世の中にでてきておらず、古くて新しい考え方といわれているのです。

 

 

私にとっては、人の評価は関係なく、自分のやりたいことをやり達成感を得ることが仕事の動機にはなっていますが、(心のどこかで)、人から認めてもらいたい、褒めてもらいたい、自分がなりたい自分になりたい、やりたい自分になりたいと行動するプロセスは、人のやる気につながることを容易に理解できます。

 

人がやる気になるためには、達成、承認、評価の3つのポイントがあることが分かります。

 

組織は、人がやる気になる要因を「組織の進む方向を示す」→「目標設定」→「個人の役割付与」→「組織と個人の公約」→「役割達成支援」→「評価・処遇」といった仕組みに落とし、職員に提供する必要があります。

 

上記は、組織の決めたことを、本人がやりたいこと、こうなりたいということとすり合わせ、目標を達成するプロセスでそれらを達成していくことを相互に約束。

そして、本人が役割を果たせるよう上司や組織が支援し、目標達成。その結果はよくやったねと承認もされ、本人も達成感を得ながら、評価され、自己実現できるというながれです。

 

このプロセスで報酬への影響や昇進の道も開けます。達成、承認、評価の3つのポイントが大切といっても、それらが組織において具体的に提供されなければ意味がありません。

 

職員が納得して何かをやるための「やる気」を引き出すとともに、成果を挙げて満足すること。そのうえで報酬や昇進を得て不満足をなくす取組みを、果敢に行っていくことが有効です。

 

その場合、「成果を挙げて」という場面においては利益=キャッシュが生まれている状況になっていなければ、報酬や昇進を付与することはできません。

 

組織にとり、「成果」は、どこかで利益やキャッシュにつながっていなければならないのです。

 

組織目標を決定するときには、職員の行動が収益増、コスト削減につながるような目標設定を行わなければならない理由です。

 

生産性を上げる、というキーワードが常に重視されるし、組織の文化になっている必要があります。

 

同一資源で多くの成果を挙げるためには、仕組みの見直し、個人の技術技能の向上が必要です。仕事の質を上げるということと、生産性向上は類似していますが、新たな経営資源を投入して仕事の質を上げるのは誰でもできます。

 

生産性を向上して仕事の質を高め、収益を上げることが利益やキャッシュを生む要因であるとして、仕事を見直すし、つくりあげていく、という目標の設定、それ以前の戦略、それを支えるビジネスモデルをしっかりとつくりあげていく必要があると考えています。

 

難しい時代になりましたが、常に熟考し、創意工夫を積み重ねることができるよう、努力したいものです。

 

 

業務改善を侮らない

 

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 人類は、常に改革や革命を行なうことで着実に進化してきました。

 また、同時に日々改善を行い、新しい仕組みをつくり、より生産性を高めてきたのです。

 

 職業にもよりますが、私たちは、改革や革命を行う場面には、なかなか関わることはできません。

 しかし、改善を行うことは可能です。改善活動を毎日に取り入れ、日々行動を変容させながら成果を得ていくのです。

 

 ここで改善とは、より好ましい・望ましいものへ改めることや、そのための創意工夫の取組みをいいます。私は、そのことを「うまい、早い、安い」で表現しています。

 

 これは、1980~1990年代の吉野家のタグラインです。

 タグラインとは、企業、商品、サービス、ブランドなどが持つ特長や優位性を簡潔に伝えるための文言をいいます。

 うまい、はやい、安いは改善活動の直接的なテーマとして適切なキャッチコピーであり、改善を表現するときに使うと便利です。

 

 ということで、常によりうまく、より早く、より安く(合理的)に仕事を変えていこうという意識をもち、事に当たることが必要です。

 

 改善のためには、ムダ、ムリ、ムラを無くすことが必要で、仕事の標準化やルール化、仕組みづくり、簡略化、廃止、移管を行うことで対応します。

 そのことにより、以前よりうまくできるようになる、早くできるようになる、安くできるようになるという結果を得られます。

 

 生産性向上=同一資源による成果大をいうのであり、そこには定量的な効果が生まれます。

 

 時間短縮による単位当たりコスト削減が得られたり、収益獲得による利益拡大が測定されます。改善が行われたことの評価は、利益で行われるんですね。

 

 したがって、常に利益を意識した組織活動を行うのであれば、改善活動が必要であることが理解できます。

 

 当初仕組みを設計するときに業務の質や合理性を企図するのは当然として、業務を継続するなかで、常にそのモデルやフローを分析し、よりよいものへと変化させるために、改善活動を行うことは組織発展の基本です。

 

 「一生懸命やっています」、では免責されない厳しい時代を迎えた今、私たちは常に創造的に活動しなければならない環境に置かれています。

 改善を恒常的に行えない組織は残っていけないと覚悟しなければなりません。

 

 業務改善を重要な仕事の一部として、私たちは、これからも考え、工夫し、行動することが必要です。

 皆が常に現状を変え、よりよい環境をつくることで達成感を得られることを期待し、改善活動に取り組んでいきたいものです。

人生の階段を、登る

 

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 人には、家庭のこと、友人のこと、健康のこと、趣味のこと、仕事のことなど日々関わることが多数あります。そして、それぞれの時々に、気にする出来事がいくつもあります。

 

 これらの関わりのなかで、気になることを解決するために、心配したり、一定の行動をとったりします。そのため、人はそれぞれの階段をつくり、登り始めます。

 

 仕事でいえば、やらなければならないことが常に複数あり、やりたいことも複数あり、期日が決まっているものも、そうではないものについて階段の数を決め(段取りともいいます)、それを一つひとつクリヤーするために、あれこれ気遣い、行動を起こします。

 

 日々複数の階段を、ある時には軽快に、またあるときには慎重に登りながら階段のてっぺんを目指しているのです。

 

 つくった階段の数によるのか傾斜によるのかは、その時々ですが、登り切ったときは爽快ですよね。そこには、やり切った感・達成感があります。

 

 他の関係する、家庭のこと、友人のこと、健康のこと、趣味のことも同じように、関わる出来事がうまく解決すると嬉しいし、満足で満たされます。

 

 こうして考えると、人は様々な出来事や、その解決のためのいくつもの階段をもち生きています。そこでいくつもの階段をつくり、登りきり達成感を得たり、登り切れず挫折したりし、を繰り返し成長しながら前に進んでいます。

 

 いったい幾つの階段をもち、それらの階段を一つ上がり続けてきたことか。過去に登りきった階段、途中で登るのを止めて捨てた階段は数えきれないほどあります。もちろん、存在したこそすら思い出せない階段もきっとたくさんありますね。

 

 過去そうであったように、これからも、幾つもの階段づくりに直面し、また挑戦し、それらを常に登り続け、うまくいかず挫折をたくさんしながらも、多くの達成感を得続けることが、充実した人生を送れるポイントだと思います。

 

 さて、ここでいう階段は、自分の置かれた、あるいは自ら望んで得た「環境の階段」です。「環境の階段」は自分で自由に選択できる階段が多く含まれています。

 

 しかし、絶対自分では段数を変えられない、自由に途中で捨てることができない階段があります。それは「人生の階段」です。

 

 人が生きられるのは平均80年余り。一段が一年とすると80数段しかないことになります。こうして考えると階段の数はとても少ないですね。

 それだととても悲しいので、一段を一日とすると×365日ほど。

 

 いきなり、階段の数は29,200以上、30,000近くになります。こうしてみると、結構数が多い感じになりますね。これが、生まれてから最期まで登り続けることが許された階段です。

 

 はじめは残りの階段をあまり意識せず、日々を過ごすことが通常ですが、この階段は誰でも今何段目にあるか確認できるため、おおよそですが、登ってきた数よりも残りが少なくなる時期を予測できるようになります。

 

 この辺りから過去をときどき振り返り、計画を立てる人も出てきます(もちろん、ずっと計画的に生きている人もいて、羨ましい‥)。

 

 この階段は、たくさんの「環境の階段」と並列にありますが、何かを成し遂げたときも、挫折したときも、毎日登り続けなければならない階段です。

 

 登れる段数も運命で決まっているなか(このテーマには議論がありますので、別項で取り上げます)、ある階数に瞬間たりとも留まることはできません。

 

 こうして考えると、これからの自分がなすべきことを計画的に運ぶ必要から、「環境の階段」と「人生の階段」を常に振り返り総括したうえで、「人生の階段」を俯瞰した「環境の階段」を意識しなければならないことに気付きます。

 

 ここでは、人生の階段が半分を大きく割り残り少なくなったから、守りに入ろうということを言いたいのではありません。

 

 逆に、「環境の階段」で得た達成感は、「人生の階段」を登り続けて得た達成感そのものであることを再認識し、さらにできるだけ多くの達成感を得て人生の階段を昇っていくことを視点としています。 

 

 どのようなものであれ、積み上げた多くの経験を再度凝視し、どこに自分の価値があるのかを再確認し、どの時点からでも新たな活動を都度始めることに意義があるのです。

 

 人それぞれの「環境の階段」と、誰もが通る「人生の階段」を意識して自分なりの価値を生み出すために、さらにアクセルを踏み込んでいきたいと考えています。