山陰を列車で出雲に向かっている途中、名も知れぬ駅で、とても綺麗な景色に突然出会い、私は慌てて携帯電話のシャッターを押した。
それは、息をのむほど美しい、油絵を切り取ったような場所だった。
すぐ近くにせまる、浜に打ち寄せる波は、穏やかで優しく、ゆるやかに心を癒す…。
線路沿いにずっと海岸線が続き、そして山につながるところに集落がある。
古くからあるのだろう集落は折り重なるようにそこにあって、あたたかく人の生きている気配がみえる。
その重厚な色合いといい、空気といい、それらを肌に触れたと感じた瞬間、私は胸にとても深い感動を覚えた。
ああ、名も知れぬ、こんな町で生活するのも悪くない。
ふと、自分がその場に立っている風景が鮮明に心に浮かび、ちょっとだけ、ほほえましくなった。
今日は札幌、函館、福岡2日とほぼ毎日移動して、浜田・江津から出雲を経て、やっと東京に戻る日だ。
透き通る空のもとでの日々の生活はいまは想像できないが、きっと、静かな時間をつつましく過ごすことができる場所を、ずっとさがしながら仕事をし続けるのかもしれない、と私はそのとき思った。
とても長い間、そこで時を過ごした気がしたが、二両編成の列車は自分の呼吸を整えると、小さな幸福(しあわせ)のときをさえぎるように、ゴトンゴトンと音をたて、目的を果たすため、その景色から、少しずつ、そしてゆっくりと、あらがう私を引き離していった。