さらに、この1年を振り返ったときに自分が何を残してきたのかを、明確に答えることができないのはとても口惜しい。一生懸命動いたということでしかないのは、少し問題であると思う。
12月に入ると皆今年は終わりという話し方をして、何か浮足立った様子にならざるを得ないのは変だと思う。1年は12カ月であるわけだから、きっちり使い切らなければ割に合わない。12月は浮足立ち、1月はお屠蘇気分というのでは1年はまるで11カ月で動いているようなものだ。
少なくとも12月15日過ぎから成人式が終わる1月15日までの1ヶ月は特別な空白のような気がする。この事実を認識していれば、環境がどうであれ、他がどうであれ、独り黙々と行うべきことを行い続けるということができるようになると思う。
とはいえ、銀行員であったときはまだ銀行は12月31日まで営業していたし、勤務についてもいまのように残業はしないように、休みは率先してとれ、という時代ではなかったので、必ず12月31日に構内でイベントが行われる直前まで仕事をしていたのであり、その癖がとれていないのも事実である。
12月31日本店で数千人が渇きものやサンドイッチ、ビールやお酒をもって、役員が下りてくるのをその日ばかりは大騒ぎして待っていた、あの遠い昔を思い出す。何かをやりきって美酒を飲む。
これだけはいつの時代でもどんな仕事をしていても、皆が経験したいと思っていることではないかと考える。今年、あと少しの日数弛緩せず、最後の最後まで頑張ろうと思う今日この頃である。