オーストラリアでは、18歳になると遺言を書くそうです。人生責任をもつということと、自分がどのように生きていくのかを再確認するということなのでしょう。
とても自立した国民の話であり、日本では考えることができません。私のことを振り返ってみても、18歳の頃はまだ将来についても漠としたものしかなく、また実際にも遊びまわっていて人生を最後のときから逆算して考えるといった状況ではなかった記憶があります。
財団法人日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団が全国の男女1000名を対象に行った「余命が限られた場合、どのような医療を受け、どのような最期を過ごしたいか」など、ホスピス・緩和ケアに対する人々の意識をアンケート調査した結果を公開すると報道されていました。
調査結果では、がん告知の希望については、「治る見込みがあってもなくても、知りたい」人は72.1%であり、30代、40代で高い傾向であることが明らかになったそうです。
また、余命が1~2ヶ月に限られたら、「自宅で過ごしたい」人は8割だが、それが「実現可能だと思う」人は、男女で17ポイントの大きな差がある、と報告しているそうです。
実は日本人には宗教がない、死生観がない、死ぬ間際にバタバタするといった思いがあり、海外では病院以外で亡くなる方の率が90%であるということが信じられない状況でしたが、このようなアンケートがでると、日本人も死というものをとても現実的なものとして受け入れる素地はあるのかと思ったりします。
国民にとり最期を考えることがある種の諦めではなく、いさぎよい生き方をしていくためのきっかけであるといいと思います。間違いなくやってくる死があるからこそ、今を懸命に生きるということについて日本人はもっと語り合う必要があるのかもしれません。
医師の役割はこういうところでもとても重要になると私は考えています。