人の命はそれほど長くなくて、できることも限られているにもかかわらず、すばらしい何かを成し遂げている人がたくさんいます。
小さな出来事を積み重ねながら、慎ましく、しかし地域で根を下ろし、地域のために頑張っている人もたくさんいます。また、何もしなくても、人が生きていることの尊さを教えてくれる人々がいます。
リーダーの役割をもって仕事をしている人も、そうではない人も、またそうした場に立たない人であったとしても、皆この世に生きて、意識するかしないかは別として、何らかの使命をもって過ごしています。
その人が、自分が生きた証を残したり、残さなかったりするのものの、どこかで他に影響を与え、他の人の役にたっていることもたくさんあります。
ただ、自分がどのような人間なのか、そして何をしなければならいのかについて考えようと、考えまいと、結局は物理的に時間が経過し、そのなかで人生は終わります。
「地球そのもの」の営みすら、いつかは力をなくし、数十億年後ともいわれていますが地球も存在しなくなる時期がきます。太陽が、核融合燃料を使い果たして赤色巨星に変化し膨張し地球を呑み込み最期を遂げるといわれているのです。
こうして考えると寿命の長短はあるとしても、生あるものは、すべてその時間を終わります。これが人間の摂理であると判っている人も、分からない人も、分かりたくない人もいることでしょう。
いずれにしても、いろいろなことがあり、いろいろな思いをもち、いろいろなことを感じ、他者と交わり、離散し、喜び悲しみ、怒り、反省し、心配し、安心し、毎日それを繰り返していくことが生きることです。
ただ、そのなかで、人間に与えられた大切なことがあります。それは、「大抵のことは自分でコントロールできる」こと。
自分なりに自分のできる分野や範囲で、家庭や地域、社会において自分がやりたいと思ったこと、やらなければならないこと、できることをやり続け、何かを越えるよう努力し続けられることを意味しています。
すべての人は、気付くか気付かないかは別として、刻一刻と最期の時間が迫るなか、思いを持ち行動すれば、自分の思うままに生きられます。
早くからその事に気付き、そう納得して相互に支援し合いながら皆が生きていけたら、どんなに素敵でしょう。
私は気付くのが少し遅かったかもと思います。とはいえ気付いても行動に移さなければ意味がありません。また、行動に移しても続けなければ成果は挙がりません。
いま、自分は何をすべきなのか、しっかり考え行動することが必要な時代になったと、しみじみ思います。