そこは、静かに、あくまでも静かに海が広がる場所でした。
折しも雪が降り出していましたが、海にさらさらと舞い降りた雪は、すっと海に溶け込み、海を真冬にエスコートしています。いつもは遠くに見える対岸の半島は、雪に消され姿をみせていません。
静寂が容赦なく深く深くあたりを覆っています。
目をつぶり、ここに立ちつくしていると、すべての時間が止り無のに包まれる感覚があります。
無のなかに自分を置き、無に身体を委ねていると、身体からすべての力が抜け、重く圧し掛かっていたものすべてが、雲散する、そんな気持ちにもなります。毎日喧騒のなかで、慌ただしくいて、自分を失いかけていた私にとり、無の時間は自分を空にしてくれる。何も考えず思わず、私はしばらく無のなかに身をまかせていました。
無から自分を覚醒させると、身体が軽くなっていることに気がつきます。
海の包容力や鷹揚さが自分のすべてを許容し、受け止めてくれたのでしょう。次に何をするべきなのか、もういちど新しいスタートを切る気持ちが心底から湧き上がってくるのを感じることができました。
冬の海は冬の海として次の私をつくるために、そこにいる。
結果を出して、またこよう、そう心に決めて私はその場を離れました。海との別れを惜しむように旋回する飛行機から見下ろす海は、少し波をつくり私との離別を惜しんでくれているようでした。