よい病院、よくない病院の見分け方[石井友二]

マネジメントの巧拙が、病院の良し悪しを決めます。多くの病院コンサルティングの成果をお伝えし、自院の運営に役立たせていただくことを目指します。職員がやりがいをもって働ける環境づくりも、もう一つの目的です

光り輝く世界に向けて…

 今日、函館から羽田に向かっている777(ボーイング)の82Hの席で、私は少しまどろんでいました。
 気がつくと壁にかかっているテレビに小さな光の点がながれています。

 目を凝らしてみるとそれは地上の光でした。そういえば少し前にあと10分で羽田国際空港に着陸します…というアナウンスがながれいたことを思い出しました。

 光の点は、画面の上から下にながれていきます。外をみると街の光が少しずつ増えながら、機体はゆっくりと進んでいることが確認できました。

 そのうち点滅する光はとても多くなり、大きさもまばらになるとともに、画面に滲む光の塊がひときわ大きくなってきました。窓に目をやると眼下には海が、暗い世界にゆっくりと大きな姿を横たえていました。
 画面のなかでは、黒の世界のなかに船や海岸の工場地帯の照明の光をぼんやりと映していて、とても幻想的な世界がひろがっていました。

 そのときです。777のカメラの視野は下方から前方に切り替わりました。あっというまでした。

 画面の半分が光に埋もれた空港のある方向を映しだしました。画面の半分近くがダイヤモンドのようにきらきらきらめいていて、まるで機体は空中に止まっているようです。その瞬間があまりにも唐突だったので、とても大きなインパクトがありました。

 不思議なことに、その時間のなかで今日に限って函館空港からつけていたヘッドホンから、ア~ベマリ~ィ~ヤ~と、アベマリアの歌声が流れてきたのです。
 目の前の光のなかに吸い込まれていくような映像と心に響き渡る旋律に包まれて、そこに自分がいて、いないような、時間が呼吸をとめた本当に不思議な空間に私はいるようでした。

 あ~自分はいま生きている、生かされているという思いが身体全体を支配していて、とても幸せな気分になりました。
 なんて幸せなんだろう。この今をもっと生きなければならないという感情が込み上げてきて胸がいっぱいになったのです。思わず肘掛を何度も何度もさすりながら、その硬さを手のひらで感じ、生きているからこの硬さがわかるんだと思っていました。

 でも…次の瞬間、アベマリアの心に包まれながら、私はとても、とても悲しい気持ちになりました。

 毎日毎日朝から晩まで医療と介護のことを考えています。どうすればクライアントが目的を達成できるのか、懸命に考えている。そして具体化し、行動してきたつもりでした。しかし、気がついたのです。自分は患者さんを直接救えない…。

 杉並で開業しているH先生が真剣なまなざしで言いました。自分はひとりでも多くの人を救いたい。ほとんど利益のでないいや事業的には明らかに合理性のない居宅介護に参入したい、医療でカバーできればいい、と新婚なのにほとんど家に帰っていないつらさを、おくびにも出さず、静かに話されていたことを、なんどもなんども思い出していました。

 医師や看護師、そしてコメディカルは直接患者さんに触れ、リアリティのある対応をすることができます。一人ひとりを救っているという実感が彼らのプライドを支えているのでしょう。使命感を満足させていることでしょう。しかし、自分はどうなのか…。
 クライアントを通じてと理由をつけても直接患者さんや利用者に手を差し伸べることができない。といって病院や診療所や施設を経営しているわけでもない。
 私たちの仕事のむなしさをいつも感じます。
 
 明日からも東京、大阪、広島、福岡と仕事は続きます。自分は自分が生きているかぎり、人の何倍も努力を積み重ね、決めた道のなかで行動し続けることでその答えを捜さなければならないのかと思います。

 人生残り少ない時間のなかで、自分で医療機関の変革を通じて自分が社会に貢献できているという実績を積み重ねることでしか自分を見つけられないのではないかという恐怖心があります。最後の最後まで自分が見つからず、悔いを残しながら旅立つのか…。やっぱり自分と闘うことしかないと、また覚悟した時でした。

 アベマリアが静かに消えていき、目の前の画面は滑走路の真ん中にひかれた光輝く線のうえに滑り込んでいきました。
 そして777はズズードシ、ズーという感じで空港に降り立ち、今日の出張は終わりました。
 しかし、自分の納得をさがす、明日からのながい旅はまだまだ続いていきます。絶対に終りがないと、そのとき私は心のなかで小さくつぶやきました。